建物について

戦後に1953年の日墺国交再樹立を以って1955年に東京の一等地として知られる港区元麻布の敷地を調達した。既存の日本家屋を官邸にし、敷地の北西端に別当の木造事務棟が建設された。長年の使用により構造・機構や風土・気候上の不都合が目立ち始めた。

1968年に増築・改築の案が浮上したが、オーストリア外務省がオーストリア財務省の同意を得て1972年に大使館事務棟、大使官邸共々の新築に踏み切った。

設計・施工は丹下健三、安藤忠雄と並ぶ著名な日本の建築家であり、プリツカー賞受賞者でもある 槇 文彦 先生が担当した。内装はオーストリアの建築家エンメリッヒ・シモンチッチュによる。18ヶ月の工期を経て1976年4月に大使館の新築工事が完了。数あるオーストリアの在外公館建物の中で在京大使館はとりわけ自慢できる建造物の一つである。ベルリン、ワシントンの大使館、ニューヨークの文化フォーラム などはオーストリアの建築家によるものの、在京大使館の施工に日本の建築家が起用されたことは世界的に認められた日本建築会へ敬意を表したものであろう。

敷地にあった日本庭園を最大限に活用することは 槇 先生のコンセプトであった。依って大使官邸の設計において支配的要素はその庭園と言える。

大使館建物は中庭のある事務棟、日本庭園のある官邸、車寄せ、駐車スペース、車庫、管理棟からなる。

外壁、擁壁共にレンガタイルを使用している。

事務棟は全5階建てにも関わらず敷地傾斜を活用することにより官邸・事務棟共に建物の高さはほぼ同レベルに納まっている。
事務棟の一階には文化フォーラム、事務室、官舎がある。

広場に面した壁面は窓など開口部が少なく、建物に入室する際隣接の中庭。日本庭園などにより絶妙な開放感が演出される。

官邸の内装、ヨーセフ・ホッフマンがデザインした家具など調度品はジャポニズムの影響を大いに受けている世紀末様式。

事務棟の事務室は南東側の中庭に面した総ガラス張りの吹き抜けを囲む形。