文化フォーラムについて

オーストリア文化フォーラム東京は、オーストリア大使館の中にあり、オーストリア外務省の文化政策局の統括下にあります。

オーストリア文化フォーラム東京は、オーストリアのアーティストや文化機関、研究者の方が、オーストリアと日本の文化的・学術的なプロジェクトを立ち上げ、計画し、実行する際の、協力パートナーであり拠点でもあります。

オーストリアと日本の二国間での文化交流には、長い歴史と伝統があります。オーストリアは、音楽と文化の中心地として、日本でも地位を確立しています。特に、クラシック音楽と、モーツァルトやシューベルト、マーラーといった作曲家が、この地位を築いたのです。オーストリアの優れた音楽家やオーケストラは、音楽の国オーストリアの文化大使としての役割を果たしています。

オーストリア文化フォーラム東京の課題は、クラシック音楽のみに限らない、オーストリアのイメージを日本に伝えることです。オーストリアのダイナミックな、生き生きとした文化を紹介し、革新的かつクリエイティブなオーストリアを、日本の人々に知っていただきたいのです。

オーストリア文化フォーラム東京は、欧州連合に加盟する文化機関のネットワークEUNICの、日本クラスターのメンバーです。

文化政策

オーストリアの外交政策は、積極的、具体的な対外文化政策を支持しています。その目標は、最新の「対外文化政策コンセプト」にまとめられている。基本的に、文化を通じて、創造的なオーストリアに対する国際的な注目を集めるきっかけづくりを行うことが私たちの役割です。文化的な対話が、よりよい国家間の関係とグローバル化の機会創出にとっての決定要因となってきていることを考えると、オーストリアの対外文化政策の課題は明確です。ヨーロッパにおけるオーストリアの位置を、文化を通じて明らかに、認識可能なものとすることです。ヨーロッパとは、常に、その歴史と、その市民の理解とによって形作られてきたものです。したがって、ヨーロッパの統合の核には、やはり文化的な課題も含まれているのです。

オーストリアの対外文化政策コンセプトはこちらで読めます。(ドイツ語)

チーム

オーストリア文化フォーラム東京

担当:曽我 晶子

建物について

戦後に1953年の日墺国交再樹立を以って1955年に東京の一等地として知られる港区元麻布の敷地を調達した。既存の日本家屋を官邸にし、敷地の北西端に別当の木造事務棟が建設された。長年の使用により構造・機構や風土・気候上の不都合が目立ち始めた。

1968年に増築・改築の案が浮上したが、オーストリア外務省がオーストリア財務省の同意を得て1972年に大使館事務棟、大使官邸共々の新築に踏み切った。

設計・施工は丹下健三、安藤忠雄と並ぶ著名な日本の建築家であり、プリツカー賞受賞者でもある 槇 文彦 先生が担当した。内装はオーストリアの建築家エンメリッヒ・シモンチッチュによる。18ヶ月の工期を経て1976年4月に大使館の新築工事が完了。数あるオーストリアの在外公館建物の中で在京大使館はとりわけ自慢できる建造物の一つである。ベルリン、ワシントンの大使館、ニューヨークの文化フォーラム などはオーストリアの建築家によるものの、在京大使館の施工に日本の建築家が起用されたことは世界的に認められた日本建築会へ敬意を表したものであろう。

敷地にあった日本庭園を最大限に活用することは 槇 先生のコンセプトであった。依って大使官邸の設計において支配的要素はその庭園と言える。

大使館建物は中庭のある事務棟、日本庭園のある官邸、車寄せ、駐車スペース、車庫、管理棟からなる。

外壁、擁壁共にレンガタイルを使用している。

事務棟は全5階建てにも関わらず敷地傾斜を活用することにより官邸・事務棟共に建物の高さはほぼ同レベルに納まっている。
事務棟の一階には文化フォーラム、事務室、官舎がある。

広場に面した壁面は窓など開口部が少なく、建物に入室する際隣接の中庭。日本庭園などにより絶妙な開放感が演出される。

官邸の内装、ヨーセフ・ホッフマンがデザインした家具など調度品はジャポニズムの影響を大いに受けている世紀末様式。

事務棟の事務室は南東側の中庭に面した総ガラス張りの吹き抜けを囲む形。

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